研究成果トピックス
【第12回】健康格差:認知機能の男女差の決定要因は何か
東京都健康長寿医療センター研究所
社会参加と地域保健研究チーム 岡本 翔平
高齢社会においては、認知症は、医療費や介護費に加え、認知症を抱える本人のみならず、共に暮らす家族へも大きな影響(社会的コスト)を与えることが知られています。現在、認知症に対する有効な治療法は見つかっていませんが、図1にあるように、予防につながる要因があることは明らかにされています。
Livingston G, Huntley J, Sommerlad A, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. The Lancet 2020; 396(10248): 413-46より著者作成
世界中のほぼ全ての国で、平均的に、女性は男性よりも長生きをすることが示されていますが、健康状態に関しては、女性の方が悪い傾向にあるということが知られており、これを、健康と生存の逆説health-survival paradoxと呼びます。日本人において、アルツハイマー病を中心とする認知症に関しても、男性よりも女性で発症する人が多いことが確認されています。この逆説を生み出す要因が何であるか、さまざまな説(生物学的・社会的要因や行動パターンが男女で違うなど)が提唱されていますが、実証的に明らかにしている研究は非常に限られています。
認知機能の男女差の決定要因を明らかにすることで、女性の認知症を予防し、男女の健康格差解消に役立つ知見を得ることができると期待されます。そこで、本研究では、認知機能の男女差の決定要因を明らかにすることを目的にデータを分析しました。
本研究のメインの分析では、1987年から2002年の計6回分の調査(第1回~第6回調査)の結果を用いています。観察期間の違いによるバイアスを最小化するために、初めて調査に参加したときと2回目に参加したときの3年間の認知機能変化をアウトカムとし、Blinder-Oaxaca分解という方法を用いて、どのような要因が認知機能低下の男女間格差に寄与しているかを分析しました。影響要因としては、図1に含まれているような、生活習慣や健康状態、社会的要因に関わる項目に特に注目しました。
分析の結果、本調査のサンプルにおいても、平均的に、女性よりも男性の方が認知機能が高い傾向にあり、認知機能の低下の男女差には、特に、教育年数や最長職といった認知の予備力cognitive reserveに関連した要因が、寄与していることがわかりました。認知の予備力仮説とは、簡単に言うと、知的な刺激をより多く受けることができる活動に従事することで、脳神経に対するダメージによる認知機能への影響を受けにくくなることを表しており、予備力を測定するための代理的な指標として、学歴や職業が用いられることが多くあります。
第6回調査までの回答者の多くが若い時代を過ごした1900年代前半は、性別役割分業の色合いが強く、「良妻賢母」という言葉にも表されるように、女性は家庭を守るという考え方が強くあったことから、女性の教育・就業機会が限られていました。したがって、教育・就業機会といった社会的な要因を通じて、女性の認知機能に悪い影響を与えていた可能性があります。先進国の中では、依然として男女平等に課題が残る日本ですが、今後、男女平等社会が実現し、女性の社会進出が進めば、男女の認知機能の格差が縮小することが予想されます。
以上、本研究の結果から、男女の認知機能格差の要因として、教育や職業といった健康の社会的決定要因が重要であることがわかりました。これらの要因は、高齢期というよりは、若い頃の状態であることも多く、高齢期の健康向上・格差の是正には、人生のより早い段階における社会的状況への対処も必要であることが示唆されます。今後、国際比較やコホートによる違いについても深堀りしていくことにより、健康格差の背後に何が存在しているか、格差の是正・健康長寿社会づくりにどのような政策が有効かを、エビデンスを基に検討していくことが必要です。
<出典>
Okamoto, S., Kobayashi, E., Murayama, H. et al. Decomposition of gender differences in cognitive functioning: National Survey of the Japanese Elderly. BMC Geriatrics, 21, 38 (2021). https://doi.org/10.1186/s12877-020-01990-1