研究成果トピックス
【第7回】高齢者の健康は、高齢期の社会経済的リスク要因だけが問題?
桜美林大学大学院老年学研究科 教授
杉澤 秀博
高齢者の健康は、高齢期の社会経済的リスク要因だけでなく、これまでどのようなライフコースをたどってきたか、幼少期から高齢期までに曝された社会経済的リスク要因も高齢者の健康に大きな影響をもたらすことが、欧米を中心と研究によって次第にわかってきております。以下に示した3つモデルがライフコース上の経済的困窮が高齢者の健康に影響するメカニズムを示したものです(図1)。
潜在期間モデルは、少年期や青年期に経済的な困窮を経験することが、次の年代の中年期にではなく、それが潜在し、高齢期の健康悪化につながるというものです。蓄積モデルは、その時期とは無関係に、ライフコースを通じて経済的困窮を経験する回数が多いほど、高齢期の健康悪化をもたらすというものです。経路モデルは、少年期の経済的困窮が青年期、中年期、高齢期の経済的困窮につながり、その結果として高齢期の健康悪化をもたらすというものです。以上の他、少年期に経済的困窮を経験したとしても、その後の年代で経済的困窮から脱することができた場合、その健康への悪い影響が弱められる、逆に少年期に経済的困窮を経験していない人でも、中年期や高齢期に経済的困窮を経験した場合、健康への悪影響が現れるという移行モデルも考えられております。
では、日本では高齢期以前のライフコースにおける社会経済的なリスク要因の影響はあるのでしょうか。
分析の結果では、3つのモデル(蓄積モデル、移行モデル、経路モデル)がライフコースの視点から高齢期の健康をする説明する際に有効なモデルであることがわかりました。具体的に説明してみましょう。図2には、蓄積モデルに基づき分析した結果を示しております。罹患している慢性疾患の種類数でみると、ライフコース上で経済的困窮をまったく経験していない高齢者と比較して、経験の回数が多くなるほど罹患している疾患の種類が多くなり、4回経験している高齢者では、平均すると0.4種類も多くの疾患に罹患していることがわかりました。図3には、移行モデルについての結果を示しております。図の左側は、少年期に経済的困窮を経験しても、中年期や高齢期でその経済的困窮から脱出できている場合には、継続して経済的困窮を経験している人と比較して、うつ的な症状が少なくなっていることを示しております。図の右側は、少年期に経済的困窮を経験していない人でも、中年期や高齢期で経済的困窮を経験した場合には、継続して経済的困窮を経験していない人と比較して、うつ的な症状が高いことを示しております。潜在期間モデルに関しては、青年期に経済的困窮を経験した人では、高齢期に慢性疾患に罹患しやすいことがわかりました。経路モデルに関しても、少年期の経済的困窮が青年期、中年期、高齢期の経済的困窮につながり、その結果として高齢期の身体的・精神的な健康破綻をもたらしていることがわかりました。以上のように、日本でも、高齢期に至るまでの社会経済的なリスク要因が高齢者の健康に影響していることがわかります。
高齢期の健康づくりは、高齢者を対象とするだけでなく、若い年代における社会経済的なリスク要因を減らすことも、将来の高齢者の健康づくりに重要であることがわかります。
<出典>
Sugisawa, H., Sugihara, Y., Kobayashi, E., Fukaya, T., Liang, J. 2018. The influence of lifecourse financial strains on the later-life health of the Japanese as assessed by four models based on different health indicators, Ageing & Society, 39(12), 2631-2652, 2019.
https://doi.org/10.1017/S0144686X18000673