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【第10回】高齢期に働くことは健康に良いか

東京都健康長寿医療センター研究所 
社会参加と地域保健研究チーム 岡本 翔平
(慶應義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター兼務)

日本を含む多くの先進国では、少子高齢化とそれに関連する社会保障財政の問題に対応することが重要な政策課題となっています。その一つとして、より多くの高齢者に社会・経済の支え手になってもらうために、退職時期を遅らせ、高齢者の就労を促進しようとする動きがあります。高齢期に限定されることではありませんが、働くことは国の経済・財政のみならず、個人の暮らしにも大きな影響を与えます。その結果、働くことは個人の健康にも影響を与える可能性がありますが、それが良い影響なのか、それとも悪い影響なのか、まだよくわかっていません。上記のような背景により、高齢期の就労が健康にどのような影響が及ぶのかを検討することは、我が国が健康長寿社会を目指す上でも重要な課題です。

そこで、本研究では、1987年~2002年(第1回~第6回)までの6時点の男性のみデータを用いて、就労が健康に与える影響を分析しました。研究対象を男性のみとした理由は、数十年前の時点では高齢女性の就業率が低く、分析をするのに十分な対象者数を確保することが困難であったためです。医学系の分野では、仕事からの引退と健康状態の関連を調べた研究は数多くありますが、そのほとんどが「そもそも健康だから働くことができている」というバイアス(ヘルシー・ワーカー・エフェクト)に対処しておらず、因果関係を明らかにできていませんでした。本研究では、就労しているグループと就労していないグループにおいて、年齢、社会経済的状況(学歴や所得など)、健康状態や生活習慣などが同じような状況になるように統計的な処理をし、死亡、認知機能の低下、糖尿病および脳卒中の発症までの期間の差を推計しました。

分析の結果、上記4つ全てのアウトカムで、就労しているグループの方が、寿命と健康な期間が長い傾向があることが明らかになりました。すなわち、平均で、死亡と認知機能では約2年間、脳卒中では約3年間、糖尿病では約6年間、それぞれが観察されるまでの期間に差があるという結果が示されました(図1)。

しかしながら、さらに詳しく分析してみると、就労の健康への好影響は、自営業以外の就業者(雇用者)においてのみ確認されました。企業では、事業者に、医師による健康診断を労働者に対して実施する法的義務(労働安全衛生法)があることが、その理由の1つではないかと考えられます。今後の政策の課題として、自営業者をはじめとした、企業における保健指導の対象とならない人々においても、健康診断の受診率を高めるなど、健康の維持・改善のための施策をより一層推進していく必要があるでしょう。

本研究では、少なくとも男性においては、高齢期に就労していること、特に雇用者であることが、その後の健康状態に良い影響があることが示唆されました。しかしながら、本研究では、就労状態の変化、労働時間や日数の違いといったことを考慮できていない点には注意が必要です。さらに「なぜ働いていると健康に良いのか」ということはまだよくわかっていません。仕事から引退することで、生活習慣、社会への参加状況や人との関わりが変化したり、仕事から得られていたやりがいが失われてしまうからなのかもしれません。また、本研究は2000年代前半までのデータを分析した結果ですが、仕事に対する考え方や老後の過ごし方などは時代とともに変化してきていると考えられます。本研究の結果が、現在および将来の高齢者にも当てはまるものなのか、そして、どのようなメカニズムで高齢期の就労が健康に影響を与えているのか、今後もさらなる研究が必要です。

図1. 就労・非就労者間の寿命および健康な期間の差

(注)就労者のバーは95%信頼区間(推計のばらつきを表す尺度の一つ)を示す。

<出典>
Okamoto, S., Okamura, T., Komamura, K. (2018). Employment and health after retirement in Japanese men. Bulletin of The World Health Organization, 96(12), 826-833.
https://doi.org/10.2471/BLT.18.215764

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