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【第3回】『グレート・ギャツビー』曲線:貧者の子は貧者に、富者の子は富者になるか?

慶應義塾大学経済学部 
山田 篤裕

1990年代半ば以降に経済協力開発機構(OECD)で行われた国際比較研究は、従来考えられていたより、日本の所得格差が小さくなく、貧困率も低くないことを明らかにしました。具体的には、日本の所得格差は、アメリカやイギリスなどの英語圏諸国よりは小さいのですが、大陸ヨーロッパ、北欧諸国と比較すれば大きいこと、また日本の貧困率も、アメリカを下回りますが、大陸ヨーロッパや北欧諸国、その他の英語圏諸国など多くの国と比較して高いというものです。

しかし、所得階層間での移動が活発であれば、たとえ幼少期や若年期に貧困を経験しても、生涯を通じた所得格差や貧困には結びつきません。つまり、OECDが明らかにした、ある一時点のデータに基づく日本の所得格差の大きさや、貧困率の高さは、それほど問題はないのでは、という批判も考えられます。こうした批判を検討するには、所得の低い人(あるいは高い人)は、その子どもの所得も低いのか(あるいは高いのか)どうかを確認する必要があります。こうした親の所得と子の所得の関係、すなわち経済的地位の世代間連鎖のことを「世代間所得移動(intergenerational income mobility)」と呼びます。

2000年代の終わり頃から日本でも世代間所得移動に関する研究が多く行われるようになりました。われわれの研究班でも、第7回調査(2006年)で行われた、子どもの所得に関する質問項目を利用し、子世代(1947-66年生まれ)とその親世代との間で、どれほど経済的地位の世代間連鎖が起こっているのか、より直接的な手法で確認しました。図の「日本」の結果は、その分析結果をプロットしたものです。

図:所得格差の大きさと父の所得が息子の所得に与える影響の強さとの関係

出所:OECD(2008) p.213。基となっている世代間所得弾性値のデータは、スペイン、オーストラリア、イタリアについてはD’Addio(2007)、それ以外の国についてはCorak(2006)によるメタ分析に基づきます。日本のジニ係数の値はOECD(2011) p.24の2008年の数値を引用しました。

注:日本の世代間弾性値は、世帯規模を調整した親世代の所得が、息子の所得に与える影響で計測しています。一方、他国の世代間弾性値は、父親の所得が、息子の所得に与える影響で計測しています。日本と定義が異なるため、厳密な国際比較ではないことに注意する必要があります。

図は横軸がジニ係数で測った所得格差の大きさを示しています。ジニ係数は0%から100%の値を取り、数値が大きいほど(100%に近いほど)所得格差が大きいことを表します。図の縦軸は父の所得が息子の所得に与える影響の強さ(世代間所得弾性値)を示しています。この世代間所得弾性値が大きいほど(1に近いほど)、父の所得が息子の所得に与える影響は強い(親の所得が高ければ子の所得も高く、また親の所得が低ければ子の所得も低い)ことを表します。他の国の数値も、さまざまな先行研究から引用してプロットしています。

日本は比較対象となった国々の中では、父の所得が息子の所得に与える影響は中程度のようです。また所得格差が大きい国ほど、父の所得が息子の所得に与える影響も強い傾向が見てとれます。図の右上がりの直線がそうした傾向を示しています。こうした関係は、最近では1925年のF・スコット・フィッツジェラルドによるアメリカ小説のタイトルから拝借し、『グレート・ギャツビー』曲線と呼ばれています。

このような関係が生じる理由として、「子世代の将来の所得上昇分」を担保として、親世代が子世代の最適な教育のための資金を十分に借り入れることはできない、という制約が挙げられます。教育を受けても、子世代の将来の所得が上昇するかどうかは、資金の貸し手にとって不確実なため、そうした制約が生まれます。その結果、親が持っている資金の範囲内でしか、教育を受けさせることができず、親世代と子世代の経済的地位は連鎖してしまいます。

なお、われわれの研究班では、娘についても同様に分析しましたが、息子ほど明確な経済的地位の世代間連鎖を確認できませんでした。親の所得が高いと娘の所得も高くなる傾向は確認できましたが、親の所得が低いと娘の所得も低くなる傾向までは確認できませんでした。

子(あるいは孫)世代に相続させる予定の資産を、教育資金として一部移転することを税制優遇等で奨励するような政策は、制度設計によっては、子(あるいは孫)世代のための教育資金の格差を拡大し、経済的地位の世代間連鎖を強めてしまう可能性もあります。つまり、そうした政策は『グレート・ギャツビー』曲線のさらに右上に日本を位置させる可能性があります。こうした可能性に対処するには、(貸与型ではない)給付型の奨学金拡充などが、有効な政策の一つとして考えられます。

<出典>
山田篤裕・小林江里香・Jersey Liang「所得の世代間連鎖とその男女差:全国高齢者パネル調査(JAHEAD)子ども調査に基づく新たな証拠」『貧困研究』13: 39-51(2014)

<本記事での引用文献>
Corak, M., (2006), “Do Poor Children Become Poor Adults? Lessons from a Cross Country Comparison of Generational Earnings Mobility”, IZA Discussion Paper, No. 1993, IZA, Bonn (http://ftp.iza.org/dp1993.pdf).
D’Addio, C. A., (2007) “Intergenerational Transmission of Disadvantage: Mobility or Immobility across Generations? A Review of the Evidence for OECD Countries,” OECD Social, Employment and Migration Working Papers, No.52, OECD (http://www.oecd.org/els/38335410.pdf).
Organisation for Economic Co-operation and Development (2008) Growing Unequal? Income Distribution and Poverty in OECD Countries, OECD.
Organisation for Economic Co-operation and Development (2011) Divided We Stand: Why Inequality Keeps Rising, OECD.

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